★週刊AWACS 2013年10月27日/誕生日の音楽映像

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■誕生日の音楽映像/ニコロ・パガニーニ

イタリアのヴァイオリン奏者、ヴィオラ奏者、ギター奏者、作曲家

1782/10/271840/5/27

 
肖像画はNiccolòPaganini/ウィキより 1819

http://en.wikipedia.org/wiki/File:NiccoloPaganini.jpeg

 

音楽はヤッシャ・ハイフェッツによるパガニーニ24の奇想曲よりNo24

http://youtu.be/vPcnGrie__M

イ短調、2/4拍子。全曲をまとめるにふさわしい華々しい変奏曲で、順にアルペジョ、オクターヴ奏法、高音と低音との交互演奏、左手ピッツィカート、極端な高音での半音階を材料にした変奏が展開する。最後はイ長調で華々しく締めくくる。

 

パガニーニがヴァイオリンを弾き始めたのは5歳の頃からで13歳になると学ぶべきものがなくなったといわれ、その頃から自作の練習曲で練習していた。それら練習曲はヴァイオリン演奏の新技法、特殊技法を駆使したものと言われる。

 

そのヴァイオリン演奏のあまりの上手さに、「パガニーニの演奏技術は、悪魔に魂を売り渡した代償として手に入れたものだ」と噂されたという。そのため彼の出演する演奏会では聴衆は本気で十字を切ったり、本当にパガニーニの足が地に着いているか彼の足元ばかり見ていた観客もいたという。

 

少年時代から病弱であったが、1820年に入ると慢性の咳など体調不良を訴え、『毒素を抜くため』に下剤を飲み始める。1823年には梅毒と診断されて水銀療法とアヘンの投与が開始された。さらに1828年頃には結核と診断され、甘汞を飲み始め、さらに下剤を飲み続けた。その後、水銀中毒が進行して次第にヴァイオリンを弾くことができなくなり、1834年頃についに引退する。そして1840年に水銀中毒による上気管支炎、ネフローゼ症候群、慢性腎不全によりニースで死去。

 

一般に死因は喉頭結核もしくは喉頭癌といわれているが、主治医の診断から結核ではなかったことがはっきりとしており、記録に残る症状(歯肉炎、震戦、視野狭窄など)から、水銀中毒だったことは明らかである[1]

 

前述の噂が原因で埋葬を拒否され、遺体は防腐処理を施されて各地を転々とし、改葬を繰り返した末に1926年にジェノヴァの共同墓地にようやく安置された。

 

リストは初恋に破れ沈んでいた20歳の時にパガニーニの演奏を聞いて「僕はピアノのパガニーニになる!」と奮起し超絶技巧を磨いたという逸話もある(リストはヴァイオリン協奏曲第4番を聞いたといわれている)。-ウィキより-続きは

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%8B

 

 

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コメント(2)

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確かバガニ-ニの主題による練習曲なるものが有ったような リスト作曲だったと思いますが 説明でよくわかりました。

TITLE: 2. Re:無題
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>恍惚の人さん、どうも

完成された楽器の完成されたテクニックなのでしょうね。

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唸声


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このページは、唸声が2013年10月27日 05:46に書いたブログ記事です。

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