写真は棺桶の中の遺体を撮影するフィリピン兵/BackChinaより
http://news.backchina.com/viewnews-102930-gb2312.html
どうしてこんなに恥知らずなことができるのかと怒っている。もうこうなると何をやっても香港人の怒りは収まらないようだ。後は反日デモのように組織化され肥大化していく。
□あるストーリー(フィクションなので念のため)
米国内でヒスパニック系の若者たちが中心となり、反中運動が起きていた。経済はほとんど華僑が掌握し、職も中国系に奪われ、不法移民のヒスパニック達はほとんどがホームレス状態であった。覚せい剤やヘロインもメキシコの組織が米国に持ち込むもののほとんどが中国系マフィアに流れ、ヒスパニックは麻薬売買もすることができなかった。
ある日、ヒスパニックの一家が中華系スーパーで投身自殺を図った。3歳の少女から70歳のおばあさんまで五人がビルの屋上から店の前に飛び降りたのだ。「中国人たちに職を奪われ我々はもう生きていくことができない」と父親がメモを握り締めていた。
これには全米がショックを受け、改めて中華系移民に対するバッシングが始まった。これに対して、中華系の議員や日系反日議員が、華僑を擁護する発言を行ったために各都市で反中デモがエスカレートしていった。
またまた、そんなある日、中華系スクールバスを武装した二人の男がバスジャックをした。バスには小学校1年生から中学生まで15名の子供たちが乗っている。
犯人はヒスパニックの反中運動の幹部で、中華系移民の米国からの即時退去を要求した。警察もそんなことは不可能だと答えるとバス内で銃声がして、一人の子供がバスから放り出された。
犯人たちは自爆用の爆弾入りベストを着用しており、警察もむやみに発砲ができない。時間だけが過ぎ、苛立つ犯人たちは日系反日議員を交渉人として要求した。
日系反日議員は大統領と交渉すると犯人たちと別れた途端に犯人たちは自爆をし、バスごとバラバラになった。18名の人間もバラバラになった。
メディアは連日この事件を報道し、かわいい子供たちのありし日の映像を流した。矛先はヒスパニックに向けられ、反中運動は次第に冷めていった。
1ヵ月後、ハドソン川に6人のヒスパニックが浮かぶ。この6人は犯人たちの家族であり、報道では残忍な身内の自爆テロに悩み集団自殺をしたと書かれていた。6人には拷問の痕が残っていたが、報道では一切触れられていない。
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